<< 2007年2月県議会での代表質問の主な内容 >>

@ 格差社会と財政窮地にある市町村の救済について

 私はことあるごとに、奈良県の地図を南を上にして見ることも必要。十津川を上位にした地図をもって発想の転換に通じる県政の施策の推進を柿本知事に迫ってまいりました。要は北高南低の「格差」の解消でありますが、地方分権の推進の掛け声とは裏腹に、日本中で過疎化が進行、都市と農山漁村の格差、自治体間の格差、企業間の「勝ち組・負け組」など、「格差社会」といわれる状況がますます深刻になっています。
 そのような中で、とりわけ明日を担う若者の間で、フリーター、ニート、引きこもりの問題が深刻化していますし、ワーキングプアといわれる人たちの存在も気がかりです。そこで、県内での状況がどうなっているのか是非お示しいただきたいと思うのですが、いずれにせよ、小泉改革の結果、強いものはより強くなり、弱いものはますます追いやられる、という状況が生まれているのではないでし
ょうか。
 さて、私は安倍首相の「再チャレンジ」や「美しい国・日本」という言葉に引き付けられています。要はその内実であります。「美しい国」づくりには大賛成なのですが、その概念が逆さまであっては困ります。上から見て「うつくしいくに」であっても、下から見れば「憎いし、苦痛」となるわけであります。私は、放置すれば追いやられてしまう人たちをどう支えるのか、光の当たっていないところに、どう光を当てるのかということを考えるのが政治というものの役割だと思っています。そういう意味で、格差や競争をあおる展開ではなく、みんなで支えあう、共に生きる、共に創る奈良県づくりという姿勢が、県政にとって重要だと訴えたいのであります。
「国から地方へ」のスローガンのもと始まった三位一体改革は、赤字団体を一層窮地に追い込むレールになっています。国庫補助の削減、地方へ税財源を委譲することによって、国と地方を上下、主従の関係から対等・平等の関係に変えることをめざし、まさに地方の時代、地方分権を確立させるものでなければならないはずであります。しかし、個別法による国の許認可や承認、事前協議など国の関与があり、未だに政府・財務省は金と権限を握り、行政統制のルール化、財政による規制コントロールによって地方自治体を主従関係から解かずにいます。何が地方の時代、地方分権かと申し上げておきます。
 市町村合併の促進で、全国の自治体は1839の市区町村となりました。その91%は不安SOS発信です。「もうほっとけない、見捨てちゃいけない」の悲鳴が渦巻いています。
 平成16年度に続き17年度も、赤字市町村ワースト24団体中、わが奈良県は大和高田市、大和郡山市、桜井市、御所市、平群町、高取町、上牧町の7団体も含まれています。税源移譲といわれる住民税の10%平準化、また、多数の低所得者に悲鳴を上げさせる定率減税廃止によって、住民税は増加しますが、これに伴うほかの制度の見直しのため、結局、市町村の歳入総額はあまり変わらない状況です。さらに交付税が削減されれば実に大きな問題となります。
 これらの市や町を如何にすれば救済できるのか。それぞれ市町村は議員を減らし、職員を減らし、さらに首長をはじめ、すべてに及ぶ報酬・給与を削るなど、あらゆる支出削減に努められています。
 そもそも交付税は都市と農山漁村との格差是正のための財政措置であったはずであります。「国の三位一体改革に誤りあり」どころかペテンであります。昨秋、全国知事会、都道府県議会議長会など地方6団体の決議に基づく要請を受けて、第2期地方分権改革推進法が制定されましたが、今通常国会における安倍首相の施政方針演説の中身で、「魅力ある地方の創出」の項において述べられた表現が気になります。「新分権一括法案」の3年以内の国会提出とあり、国と地方の役割分担や国の関与の在り方の見直し、その上で、交付税・補助金、税源配分の一体的な検討をし、地方公共団体間の財政力の格差の縮小を目指すということであります。これでは、難度観・緊急性のない方針です。これまでの三位一体改革の
悪弊の窮地にある自治体は救われません。
 県の財政事情も良いとはいえません。しかし、市町村のこの窮地を放置することはできません。このままでは債務利息になお利息がかぶさり、累積倒れになってしまいます。県としての支援の最善策を立てるべきだと絶叫する次第であります。
 地方6団体決議の地方共有税の設定などの推進と併せて、債務負担の軽減への応急措置として、銀行がゼロ金利策で救われたような基本的な考えで、高金利債務の借り替え策を設定するなどの措置がとれないでしょうか。
 なお県税として制定された産業廃棄物税の廃棄物処分場設置自治体への還流交付をぜひ実現させて頂きたいものであります。森林環境税についてもその運用は、森林のもつ公益性が実感できる地域でこそ活用されるよう、あわせて求めておきたいと思います。

A 南和と御所の振興(とりわけ京奈和道と御所駅前開発)について
 県南部振興を願って、かねがね京奈和自動車道の御所区間の促進をはじめ国道309号、169号、県道五條〜高取線、御所〜櫛羅線、小殿〜朝町バイパスなどを根幹として、「なら半日交通圏道路網構想」に基づく促進を、強く要望してまいりました。さらなる進捗を強く望みます。
 とりわけ、京奈和自動車道の御所区間にあっては、昨秋、起工式が行われ、橿原市川西町地先と一町から観音寺地先の2カ所、691メートルにおいて、橋脚22基などを工期約2年で築造するという工事の入札公告がありました。また、御所市内のトンネル区間における土質調査にも着手していると聞いています。御所区間を一日も早く完成させるためには、大和高田バイパスから(仮称)御所インターチェンジまでの6工区の整備と並行して、5つのトンネルからなる8工区に着手し、さらに事業の促進を図っていくべきではないかと考えますが、見解をお伺いします。
 また、御所近鉄、JR駅前周辺の開発整備の促進をかねがね要請してまいりました。御所市の財政事情が悪く、政策軌道には乗り切れぬ現状にはありますが、「奈良県都市計画マスタープラン」の生活拠点としての計画具体化のためにも、県政としての積極的支援策を講じられたいものであります。これまで国の交通結節点改善事業、まちづくり交付金、くらしにぎわい再生事業などの助言を頂いてきたようでありますが、御所市は踏み切れぬ実情にあります。南和の玄関口、御所の再生に奈良県内格差の是正と南北均衡の地域発展の新たなる機転の政策をと願う次第であります。

B 薬業振興と薬業にまつわる伝統文化の継承と地域振興について
 薬業と地域振興について、私は同僚中村昭県議とともに、いま県薬業3団体から種々勉強させていただいています。わが奈良県の伝統的地場産業として「奈良のくすり」が、奈良県の生活経済を支え、全国津々浦々を一軒一軒訪ね歩きながら、人々の健康を守る使命を背負い、奈良を全国に大いに広めていただいたことを改めて感謝しているところです。「先用後利」、先に用いていただいて、後で喜びを納めていただくという商法。まさに信用と信頼の関係づくりであります。これを守らんがための、県内製薬会社、良薬流通の奈良県家庭薬配置商業協同組合、そして配置薬販売業の皆さんの継続的かつ一体的な尽力こそが、今日の「奈良のくすり」の歴史であります。県もご支援されましたが、この尽力の一つとして、「奈良のくすり」をという願いが、「天平宝漢」という新薬銘柄に結実したわけであります。
 いまこれが精力的な販売促進に業界をあげて努められているところであります。県行政としての広報機会を捉えた、また平城遷都1300年イベントと呼応した販売促進を願うものであります。
 なお昨年は改正薬事法にともなう登録販売者制度の問題点とも絡み、薬業界においても既に、積極的に資質の向上のための努力をされておりますが、改正薬事法の施行には、経営実業上に多大の逸失が生じることを国に充分認識させる課題が残っています。店舗と配置の形態の違い、配置薬指定品目基準にかかわる管理・保存の問題など、法改正にともなう移行措置における正しい理解の下、激変緩和策を求める対策が重要です。薬業団体との行政相談・指導の窓口は継続性を重視し、しっかりした信頼友誼を保っていくことはもちろんのこと、業界への研鑽支援が肝要であると思いますが、知事の所見は如何でしょうか。
 私は兼々、「歴史と伝統を大切に、明日を創り拓く」ことを願うスタンスで今日までの人生を送ってきました。私の郷土・御所には、薬祖神をお祀りする少彦名神社があります。また「茅原のとんど」で知られる吉祥草寺は役行者生誕の地といわれ、生薬の元祖由来があります。生薬は神仙の魂を秘めた効能を持つともいわれてきました。毎年恒例にて薬業界の皆さんが「先祖先達に感謝のお祭り」をなさいます。
 この伝統文化とタイアップして、「行者まつり」「霜月祭」と銘打って「御所のまち興し」が盛り上げられつつあります。このような伝統文化は各地にあります。私の願うことは、この伝統と明日をつなぐ文化と観光の行事の奨励に向けた積極的な県政が今日的に求められているということであります。「先祖・先達を慕う心を大切にすること、あらためての郷土文化の発揚にこそ、今日の世相を明るくする要素があるのではないか」と思いますが知事の所見は如何でしょうか。

C JR王寺から五条間のSL運行で観光事業の推進について
 御所市では、ふるさと再生のためにと町づくり委員会を設置し、その協議の中で「日本の古代ふるさとSLロマン紀行」と題し、JR和歌山線・王寺〜五条間の約36キロメートルに、観光SLを運行させることで、地域の活性化を図り、地域づくり、まちづくりを推進し、金剛・葛城山麓を「関西の憩いのオアシス」として、繁栄を創出する事業を、奈良盆地南西和の広域ネットワークで結び、推進しようという提起がなされ、このことについて、平成15年に、「知事への提言」として示されました。この提起に対し柿本知事の「近未来計画として、その趣旨は今後の施策の参考にさせていただく」旨の回答をなされています。
 この観光SLは、現在全国の14カ所で運行され、ジュニア世代に相当好評を呼んでおり、まちづくりの起爆剤になること必定と期待がこもっています。「大和路・葛城古道をSL邁進」をキャッチフレーズに、JR王寺〜五条沿線の各市町が連携し、推進できるような県の対処、支援を願う次第であります。
 全国各地はいま、観光文化の領域から、「町おこし」を推進する動きが強まっています。これが反映してか昨秋、臨時国会において、「観光立国推進基本法」が制定され、基本計画などで、観光立国への具体的な取り組みが本格化されるようであります。いま県が取り組まれている平城遷都1300年記念事業や、やまと21世紀ビジョンに呼応する観光振興策として、この「SL観光」を積極的に取り入れられるよう要望し、知事の所見を伺います。

D 地場産業をはじめとする県内産業の振興について
 長く低迷した景気も回復へ転じたと言われてからしばらく経ちますが、(内閣府の)直近の月例経済報告において、「わが国の景気は消費に弱さがみられるものの回復している」との基調判断がされ、そして今後も景気回復が続くと見込ま
れ、「いざなぎ景気」をしのぐ勢いの好況期間とも言われておりますが、県内中小企業者にはその実感は伴わず、回復が浸透するには今なお時間を要するものと思われます。
 これまで県は、地場産業を軸とする県内産業の一層の振興を図る施策として、制度融資の要件の緩和策、工場拡張のための土地利用の緩和策などを講ぜられ、あるいは、菟田野の新しい「鹿皮鞣し技術」による新商品の開発と、産地活性化に向けた菟田野ブランドづくり、鹿皮製品のオンリーワン産地化への取り組みなど、各種地場産品の「地域ブランド」づくりの支援策を推進されてきました。引き続き、これら「ものづくり」企業に対する技術支援策、商品開発や販路開拓について、それぞれの企業おいて付加価値を高めるきめ細かな対策が必要と考えますが、どのように推進されようとしているのか、知事にお伺いします。

E 同和行政について
 最近、奈良市において部落解放同盟の役員であった者の不祥事が発覚しました。極めて心外であり、今日までの部落解放・同和行政・同和教育の推進に多大なるご協力、ご支援を賜ってきたすべての皆さまにお詫びを申し上げる次第であります。部落解放運動の原点は、水平社創立の魂―「吾等は人間性の原理に覚醒し、人類最高の完成に向って突進す」であり、「人の世に熱あれ、人間に光あれ」の叫びであります。奈良市職員でありながら、公務員としての職責を忘れ、病気療養に専念が理由で欠勤。病気が本当ならば、運動体の役員として行政交渉などに出向けるはずがないのであります。にもかかわらず市役所に出向き、運動体の旗をかざして自己の利己心を追求するなどは、まったくもって運動体組織の倫理をも踏みにじるものであります。
 訴えたいことは、市職員たる者の資質の点検や人事管理上の責任が先ず第一義的にあげられねばなりません。いわば奈良市の怠惰から派生したこの事象、決して同和行政の故ではなかったということだけは、はっきりさせておきたいと思います。ただ、運動体としてこのような心得違いの者が組織内にもぐり込んでいたことの責任を、敢えて背負うことなしに本来の部落解放運動は前進しないという倫理観を私たちは表明しているのです。
 わが運動体はカンパニア的な組織加入参加であります。同盟員入会は身分管理、生活保障の雇用採用ではありません。決して資質・能力を審査しての加入ではないのであります。本末転倒な批判やメディア報道によって、部落差別の潜在性が再燃助長されたことは極めて残念でなりませんし、一般的に嫌がられる環境・衛生の仕事にまじめに従事し、働く皆さんの立場を考えると居ても立ってもおられません。
 マスコミ報道のこれらの公務員資質に欠けたエセ行為や犯罪に対する憤怒、指弾は当然でありましょう。しかし報道の姿勢は、同和行政に照準を当てたものであります。未だに国民が持っている潜在的な部落差別意識の感情に油を注ぐような内容であると言わざるをえません。要は事象の本質を外し、被差別部落の人々は皆この様に同じとばかりに、「こんなこともある、あんなこともやっている」といった事象の垂れ流しでしかなく、長年に亘って積み上げてきた差別をなくしていくという同和行政のあり方をなぶるが如くに論じられています。これら一連の報道は、同和行政不要・放置論に通じる本末を転倒させた内容であると反論し、ご理解を求めたいと思います。
 地対財特法の終息を考慮に入れた人権教育および人権啓発に関する法律が平成12年に制定、施行され、国および地方自治体の責務が歌われています。
 部落差別は厳しく現実を覆っています。「部落差別などもうない」という前提での主張は、被差別の側に対してあまりにも冷酷であります。手近にはインターネットの書き込みはすごいものです。そのことによる生存・生活上への圧迫は計り知れません。エセ行為犯罪者は指弾・糾弾されるべきです。しかしこれら事象をもっての同和行政不要・放置論は、人権行政の意義と根幹を歪めます。
 部落差別をはじめ人権課題は障害者、女性、外国人など、少子・高齢化社会の課題をも加えて多様であります。その課題についての呼称は個別具体的であるべきです。且つ個別的対策も人権課題の普遍性と整合させ、具体的にされるべきなのであります。私たちは部落解放運動を基軸にあらゆる差別と闘います。そして被差別克服、反差別連帯の輪を広め、人権文化構築の意義をみなぎらせたいと存じます。知事の今後の人権政策における同和対策の方向について所見を伺いたいと思います。

F 障害者差別について
 昨年、千葉県議会において「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」が全会一致で成立しました。千葉県では、地域生活重視の宣言をスタートとして、「障害者差別と思われる事例」を県民から広く募集し、研究会等での分析や、様々なタウンミーティングが重ねられ、県民一人ひとりの討論の中から積み上げ、つくられました。
 同じく昨年12月には、第61回国連総会で「障害のある人の人権及び尊厳の保護及び促進に関する包括的かつ総合的な国際条約」、いわゆる「障害者権利条約」が全会一致で採択されました。女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約と同様の国際人権条約であります。日本政府も批准の方向だと聞いていますが、この条約が発効すれば、教育、労働分野など条約に抵触する国内法の改正が必要になります。
 県としても、こうした差別禁止と障害者の自立と社会参加にむけての状況を見ながら、県における「障害者差別をなくす条例」の制定と、国においては「障害者差別禁止法」制定に向けての取り組みを進めるべきだと考えますが、知事の所信をお聞きします。
 国内法の関係では、障害者基本法第4条(国及び地方公共団体の責務)に、「障害者の権利の擁護及び障害者に対する差別の防止を図りつつ、障害者の自立及び社会参加を支援すること等により、障害者の福祉を増進する責務を有する」とあります。この基本的な考え方に基づいて一昨年、障害者自立支援法が成立、昨年10月1日より本格的に施行されました。この法律は「障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができる」ために制定され、福祉サービスの一元化と保護から自立に向けた支援を目的としてはいますが、障害者が福祉サービスを利用する際、従来の所得に応じて利用料を負担する応能負担から、サービスに応じて利用料を負担する応益負担を障害者に求めています。
 このことに当事者や障害者福祉の現場では、障害者自立阻害法だとの批判もあがっています。施行後、約半年が経過しましたが、県内の実態はどうなのでしょうか。
 応益負担でサービスの給付が受けられない障害者もあると聞いています。障害者に応益などという概念を押し付けるのは如何か、国に改善を求めるべきだと考えますが県の考え方は如何か。また、自立支援法の柱である就労支援について、具体的にどのような支援策を講じようとされているのか、県庁職場での雇用の状況についても含めてお伺いしたい。さらに、住宅入居や障害者施設づくりに反対する動きがあります。これが人間愛なき差別なのです。これら反対運動の差別者対策の支援など地域生活支援を進めるべきだと考えるがどうでしょうか。
 かつて30年前、手をつなぐ親の会の皆さんの努力から始まった福祉作業所も、いまでは45カ所に広がり、当初参画した私も嬉しく思っていますが、これら小規模作業所の運営が今日、大変苦しくなっています。地域生活支援センターに移行するのも一つの方法ではありますが、県の補助金を一方的に廃止しない。さらに、静岡県、三重県、滋賀県といった県の取り組みも参考にし、関係機関で協議をし、合意の方向性を出すよう求める次第であります。

G 少子化対策について
 総務省の発表によると今年の新成人は139万人で、前年に比べ4万人少なく、総人口に占める割合は1.09%で過去最低を記録したとあります。
 また06年の人口動態統計によると出生数は、前年より23000人増の108万6000人で、6年ぶりに前年を上回ったが、出生数から死亡数を引いた「自然増加数」はマイナス6000人と推計されています。将来推計人口によれば、50年後の日本の人口は9000万人を割る予測まで出ています。
 県の人口も昭和30年以来増え続けてきた人口が初めて減少に転じました。少子化への対応は社会全体で取り組むべき課題であり、結婚、出産、子育てを社会全体で応援する取り組みが必要であります。大阪府は新年度から、子育てと仕事の両立を支援するため、社内に従業員向けの託児所を設置する中小企業に対して、整備費や運営費の一部を補助するとしています。また第3子以降の出産育児一時金(35万円)を、独自に5万円上乗せする制度も併せて実施するとしています。
 財政状態が非常に厳しい中にあって、国に対して引き続き、所要の財源措置を要望するのはもちろんでありますが、県としての少子化対策、子育て支援策の現状も甚だ心もとない。さらなる具体策を求めておきます。

H 地震防災対策について
 1月30日、上北山村西原の国道169号で、土砂崩れが発生し、3人が生き埋めになり死亡しました。この現場は、1月18日と22日にも土砂崩れが発生しています。今回の3回目は、本当に「想定外」だったのか。2年前の平成16年8月10日には、大塔村宇井地区の168号で大規模な地すべり被害が発生しています。
 今年は亥年。過去の出来事から、亥年は災害・災難の多い年だとも言われています。12年前の平成7(1995)年は、阪神・淡路大震災に地下鉄サリン事件がありました。24年前の昭和58(1983)年は、日本海中部地震に三宅島の大噴火。遡れば、昭和34(1959)年の伊勢湾台風、大正12(1923)年の関東大震災も亥年でした。
 これはあくまでも傾向に過ぎませんが、特に「天災は忘れた頃にやってくる」のが常であります。死者約6500人を出した阪神・淡路大震災の記憶ですら、私たち奈良県民にとっては甚大な被害がなかったこともありましょうが、遠い過去の記憶になっていないでしょうか。一時飛ぶように売れた防災グッズはいま、どうなっているのか、常に点検し、常備している家庭がどれほどあるのかと。「備えあれば憂いなし」、県民一人ひとりの自主防災意識をチェックしていただきたいと思います。
 県にあっては、本県に甚大な被害をもたらすであろうと考えられる海溝型地震の東南海・南海地震や内陸型地震の奈良盆地東縁断層帯、中央構造線断層帯、生駒断層帯などによる地震の発生が懸念されていることから、地震災害に強い奈良県づくりを目指して、新たに県地震防災対策アクションプログラムが策定されました。
 アクションプログラム策定委員会の河田恵昭委員長(京都大学防災研究所長)によれば、奈良県にとっての最悪のシナリオは、新潟県中越地震(平成16年)のような内陸直下型地震です。その新潟県中越地震の被害の特徴を捉えて、ライフラインの中でも道路の重要性が際立って大きく、地震直後は孤立自治体・集落が多数発生、さらに情報過疎、救援過疎が発生したことをあげています。
 一方、東南海・南海地震が発生すると、奈良県の被害は広域停電などにより、都市機能が長期間麻痺し、市民生活の不便が長期間続く。被害の大きい自治体の復旧・復興事業が優先され、へき地の市町村の復旧・復興事業が遅れる。また、吉野川から取水している上水道は長期間断水する可能性もあります。
 県では、この想定される地震被害に対して、国にも地震防災対策の強化・推進を強く要望し、市町村に取り組み強化を働きかけるとともに、具体的な県民への啓発を推進されるべきだと考えますが、所見をお伺いします。

I 教育に求められている課題について
 私は昨年3月の定例県議会において、子どもたちに懸ける教育の営みとしての生産学習、米づくりを通しての勤労・平和・国際友誼の心を育てることや、防災、人権、環境保護、納税、地域産業などの課題の見聞や、汗をかいた体験の感想を語らせる実践こそが人生の身につく教育であり、人間愛、郷土愛の基礎づくりにつながる教育だということを強調しました。
 国連の国際コメ年の示唆を受けて、私の提起した学習田や休耕田の利用の強調に応えて、早速、農業体験学習として、山添の豊央小、そして畝傍北小、三郷北小の3小学校で推進、その収穫米をザンビア共和国に寄贈、実践されたこと大変うれしい限りです。まさに飽食の国・日本の子どもたちから食糧難の途上国の子どもたちへの愛ある贈り物であります。この実践成果をさらに全県的に広げられることを期待しているところです。
 さて、安倍内閣による「教育基本法」の改正は拙速のきらいを感じています。地方分権の推進に逆行という批判も強まっています。さらに、憲法改正論議のガムシャラ急ぎ足に通ずる疑念を抱かざるを得ないのであります。平和主義と基本的人権の尊重、教育の真正中立など現憲法の基礎・基本の理念をはぐらかす内容になっているように見えてなりません。私は、国が改正の趣旨において旧法の普遍的な理念である「教育の目的は平和な国家・社会の形成者を育てること」を大切にするとうたっており、それをすべての教育関係者、保護者などに対して具体的に示すことが必要であると考えます。
 現憲法の保障する「思想・良心の自由」、一人ひとりのつながりの中で培われる「公共性」に「国を愛する心」が育まれるものであり、平和・国際協調の世界観を拡げます。新教育基本法のわざわざの「愛国心」強調は、「愛国心に公の奉仕」が貼り付けにされたものであり、若い人たちにはピンとこない感じではありましょうが、かつての「帝国日本・富国強兵」の国家統制思想が、戦争の恐怖を体験した私たちには思い浮かびます。
 個人の尊厳からの出発、そして「公共心」の結節は、まさに健全国家の礎であり教育の原点であると考えます。
 いま世相、世情は暗い事象・事件に覆われています。その責任の矛先は教育現場にすぐさま向けられる傾向にあります。「ダメ教師」がやり玉に挙げられます。もち論、教育条件の第一は教師の資質にかかっています。「優しいがピリッとくるよ」「怖いがそばに居たいヨ」「退屈タイクツ頼りない」「イヤ嫌アイツはさめてるヨ」など、子ども等の教師批評は様々であるようです。子ども等とのトラブルに学校現場では、出席停止処分や指導転化させての少年補導機関、防犯警察などへとバトンタッチがなされる。こんなタライ廻し的な子どもとの接し方では、児童・生徒たちの学習不振、低学力、続発する不登校、いじめ、自殺、学級崩壊、少年非行事件の解決はおぼつくはずがありません。だから改正教育基本法なのでしょうか。しかし私は同調しかねます。思想統制への道しるべは違った過ちを生じさせるでしょう。
 ここで一つの事例を紹介しておきます。昨年の12月、新幹線に乗りし折、車中の月刊誌に奈良県の学校にて奉職経験のある比嘉昇さん(夢街道・国際交流子ども館理事長)の「不登校」の子ども等と生活する体験・エッセイが掲載されていました。「今の子どもたちは、夢を否定される毎日で、生きる意欲を失っている。夢を肯定し、受け入れてあげることで子どもたちは心を開く。自信を持って自分で行動できる人間に育てるには、『やってみたい』と思うことに肯定語で接し、チャレンジさせてみるステップが必要。そこから自信も生きる意欲も湧いてくる」んだと。そして、「子どもは変わるし、大人も変わる」んだと。今の学校現場にはそのようなゆとり、余裕はないのでしょうか。個人の尊厳を大切にし、一人ひとりの個性を伸ばしてあげることが、教育の本来の目標であるはずであります。
 家庭教育にあっても同じことです。先ずは子どものために食事をつくることが第一義であり、一緒に食卓を囲み、家族が同じものを食べることで、子どもの体調や精神状態をチェックする機能が家庭にはありました。しかし今は親も忙しく、子どもが何を食べ、何を考え、どんな事で悩んでいるのかさえ理解していない親も増えています。子どもの自殺を防げないほどに家庭の機能が低下しているのでしょうか。
 私がいま紹介したようなことは、皆さん「分かりきったこと」なのでしょう。しかし、そのことが今の学校現場や家庭で実践できていないところに問題があるということです。
 子どもたちがあえぐ現状と原因の正しい把握に努めるべきであります。国は改正教育基本法をもって教育新時代を推進しようとしていますが、県教育委員会はそれぞれの現象課題の深刻性をどのように捉えられていますか。常に現場からの発信が大切です。県としての教育に関する現状の分析をもとに、課題解決のため国の進める教育改革にどのような提言をなされる所存か、所見を伺いたいと思います。

 

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